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最新研究

憶えたければ思い出せ!:想起の学習促進効果

掲載日2018.3.13


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教育学部 学校教育教員養成課程 准教授
岩木信喜
【教育心理学】

一度に処理できる情報量が学習成績に影響する

ワーキングメモリの話から始めましょう。ノーベル賞が巷で話題になるころ、毎年のように村上春樹氏に文学賞が与えられるかどうかも話題になります。その話を聞いてほとんどの人は、「なぜ村上春樹氏が文学賞候補なの?」と言うような疑問は抱かないでしょう。彼が作家であることを知っているからです。ここがポイントです。私たちは新しい情報(文学賞受賞が予想される人物)をほとんど意識せぬまま既知の知識(その人の生業が作家であること)を利用して理解しています。このような、情報を短期的に脳内に保持しつつ処理する(理解する)作業は、ワーキングメモリがしています(図1も参照)。

このワーキングメモリの能力には限界があります。つまり、作業できる情報量に上限があるのです。健常成人では5つから7つくらいです。一般的に、扱える情報量が多い人ほど学業成績がよいことが知られています。すなわち、ワーキングメモリは学力の基盤と言えるシステムなのです。

ワーキングメモリの能力が低いと様々な徴候が現れる

ワーキングメモリの力には大きな個人差があります。これは生物学的制約と言ってもよいもので、処理できる情報量が少ない人は常に学習で不利であり、学習遅滞を起こすこともあります。表1に示されているのは、いくつかの観点からみた徴候の一部です。どの項目にも共通して言えることは、「いま必要としている情報を忘れる」という点にあります。ワーキングメモリが扱える情報量が少ないので、いわばオーバーフローを起こしてしまうのです。児童が算数の計算をするとき、当然のことながら数字をしばらく憶えつつ、加減乗除といった作業をします。この作業中に数字を忘れてしまうのですから、なかなか計算が進まず間違いも多くなり、周囲のペースについていくことが困難になります。したがって、学習遅滞のリスクが常に隣り合わせの状況と言えます。教育・学習・記憶の心理学では、ワーキングメモリの力が弱い人への支援方法が重要な研究テーマの一つですが、その意義がお分かりいただけるかと思います。

ワーキングメモリが小さな個人への学習支援法の研究

大切な情報の忘却をどうやって防ぐか:想起の学習促進効果(テスト効果)

現在有望視されている「記憶の忘却を防ぐ(遅らせる)学習法」についてご紹介しましょう。まず、多くの人が誤解していることがあります。「学習とは材料のインプットである」という誤解です。これは、見て読んで頭に入れるという違和感のない考え方ですが、部分的にしか正しくはありません。現在の心理学では「学習はアウトプット(想起)において生じる」と考えられており、豊富な実験データが存在します。想起させる手続きの代表格がテストですので、この想起の学習促進効果は「テスト効果」と呼ばれています。

図2は研究例です。約270語のテキストを用い、1回5分の熟読を4回繰り返す条件(SSSS)、3回の熟読と1回の想起(テスト)を組み合わせる条件(SSST)、1回だけの熟読と3回の想起を組み合わせる条件(STTT)を設定しています。学習がインプットだけで成立するなら熟読を繰り返すSSSS条件が最も成績が良いはずですが、1週間後の成績に現れている通り、想起を多く実施した方がよいのです。現在では、想起の脳内処理によって長期記憶用たんぱく質の合成が細胞体で促され、それが細胞同士のつなぎ目であるシナプスに長期増強を生じることが原因と考えられています。

図2.学習した後、5分後(左のグラフ)か1週間後(右のグラフ)の最終テストの成績.Sは熟読、Tはテスト(想起)を示す.熟読を4回繰り返しても1週間後には忘却が進むが、熟読が少なくてもテストをすると忘却が緩やかになる。Roediger & Karpicke (2006) Psychological Science, 17, 249-255.

現在進行中の共同研究

岩手大学から研究力強化支援経費の補助を受けて、山本奨教授と行っている2つの実験を簡単にご紹介します。

ワーキングメモリの力に関係なくテスト効果が観察されるか?

大学生を対象に、ワーキングメモリが扱える情報量とテスト効果の大きさの両方を測定します。ワーキングメモリで扱える情報量が大きくても小さくても同じくらいのテスト効果が得られるなら、これらの2つの測定値の間には関係(相関)がないはずです。これをテーマとする研究は2012年にはじめてアメリカで報告され、相関なしという希望のある結果でした。現在、日本人大学生を対象にして確認作業をしています。

児童でもテスト効果を簡単に享受できる手続きはないか?

今は予備的に大学生を対象にしています。二人がペアになり、問題を出し合い、答え合います。他者とのコミュニケーション事態ですから動機づけも向上するでしょう。これには若干検討を要する問題がありますが、もしうまくいけば、学校や家で、日ごろ使っている教科書を用いて意欲を維持しつつテスト効果を享受することができることになります。

累々と述べてきましたが、ワーキングメモリの力は学習達成度を強く支配しており、心理学ではもはや常識です。学習の発想をインプットからアウトプットへと移すことで、もしかしたら有望な支援法を手にできるかもしれず、それを希望に日々実験をしています。