2024.07.01
大久保 孝信さん(元釜石市役所職員)|活躍する卒業生
1981年3月岩手大学教育学部小学校教員養成課程卒業後、釜石市役所に就職。主に社会教育や公民館事業を担当し、2019年3月定年退職。現在、釜石市民体育館勤務。
中学・高校・大学と卓球部に所属し、現在でも週1~2回は練習を続けている。また、釜石岳友会に所属し月2回ほど登山を楽しむ。ビールを飲みながらジャズを聞いたり、星空を眺めることも好き。
大久保さんは岩手大学教育学部を卒業されていらっしゃいます。岩手大学に進学したきっかけを教えてください。
私はもともと学校の教員になりたくて、岩手大学の教育学部へ進むことにしました。残念ながら、教員採用試験には合格できなかったのです。そこで、出身である釜石市の職員になりました。
学生時代の思い出のエピソードがあれば教えてください。
私は教育学部でしたので、やはり教育実習が思い出深いです。盛岡市立仁王小学校の2年生のクラスで実習をしました。子どもたちに教えることは大切であると同時にとても大変な仕事であることも実感しました。私の好きな言葉に、ルイ・アラゴンという詩人の「教えるとは共に未来を語ること。学ぶとは誠実を胸に刻むこと」という名言があります。この言葉のとおりだなと思いました。教育実習を通して子どもたちと一緒に自分も成長することができたと感じています。
私は社会科教育の地理学研究室にいました。地理学には巡検というフィールドワークがあります。巡検のためにいろんなところへ出かけていきました。フィールドワークをしてレポートにまとめて提出するというものです。3年の時には石川県金沢市へ行きました。それぞれがテーマを決めて、金沢駅に集合し、実地研修へ向かったことを思い出します。私のテーマは砂丘地を利用して野菜などを栽培する砂丘地農業でした。
地理学の先生からは、車や列車などの窓から見える景色、つまり、車窓景観を一番大事にするように教えられました。「地域ごとに移り変わる、家並、林、畑、田んぼなど、車窓から見えるその景色こそが地理学なんだよ」と話してくださったことが忘れられません。本で勉強するよりも現場を見て学ぶことが大事だと知りました。
当時所属していた卓球部の思い出もたくさんあります。あの頃はみんなで一生懸命に練習していました。でも、なかなか勝てなかったですね。卓球部のメンバーとは今でも付き合いがあります。一年に一回は集まる、とてもいい仲間です。
大久保さんは卒業後、どんなお仕事を担当されましたか。さまざまな趣味も楽しんでいらっしゃいますね。
市役所では社会教育関係を担当していました。「歩け歩け運動」という事業で昔の街道歩きや登山に携わったんです。釜石市、大船渡市、住田町にまたがる五葉山に初めて登ったのも仕事がきっかけでした。それから登山が好きになり、現在でも月2回は登っています。公民館事業では星空観察会なども開催し、星空を見るのも好きになりました。
大学時代に下宿の先輩の影響で、ジャズを聴くようになりました。当時はジャズ喫茶でアルバイトもしていたんです。今でもビールを飲みながらジャズを聴く時間が至福のときとなっています。
また、大学卒業後も卓球を続けています。現在は週一回、地域の中学校で生徒に卓球を教えています。
大学で教えてもらったこと、教育学部で学んだことが生活のなかで活きていると感じます。
これまでどのような思いから岩手大学へご寄附いただいたかお聞かせください。
まず、私は岩手大学が大好きです。いい大学だと思います。学生時代、農学部の植物園の近くに間借りしていました。旧正門から続く並木道のところです。あの辺はとてものんびりしていて気に入っていました。当時のことを思い出すと、やはり今の自分を作ってくれたのは岩手大学だと認識します。
少しでも余裕があるときには寄附をしています。経済的に困っている学生の役に立てばと思っています。お金がない学生は多いですよね。私が学生の頃は食堂でドレッシングをかけた千切りキャベツだけを食べている人もいました。少しでも役に立てばうれしいと思い、寄附を続けています。
これからの岩手大学に期待することはどんなことでしょうか。メッセージをお願いします。
岩手大学は岩手県における学問のトップランナーです。ニュースで岩手大学が出てくるとがんばっているなあ、と嬉しくなります。これからも岩手県をリードする存在であってほしいです。そして、全国的な存在感もぜひ高めていってほしいと期待しています。
学生に対しては、環境がすばらしい岩手大学でのんびりした時間を過ごしながらも、いろんな場所へ出かけ、いろんなものを見て聞いてほしいと思います。就職するとそのような時間を取ることがなかなか難しくなります。4年間の貴重な時間のなかで、積極的にいろんなことを学んでほしいです。