2025.03.21
希望の果実「はるか」岩手大学で生まれた冬の贈りもの
-岩手大学で生まれた冬の贈りもの-
岩手に本格的な冬が訪れる頃、ひときわ美しいレモンイエローのりんごが旬を迎えます。皆さんは「はるか」というりんごをご存知でしょうか?つるりとした肌に、蜜入りの果肉。糖度は非常に高く17度を超えることもあり、シャキッとした食感とともに、りんご本来の甘さを存分に味わえる品種です。その希少性から、皇室への献上品や贈答用「冬恋りんご」として知られる「はるか」ですが、実は岩手大学農学部でおよそ25年もの歳月をかけて誕生した品種なのです。「はるか」の開発に研究人生の多くを捧げたのは岩手大学農学部の故・横田清名誉教授です。横田先生は1976年、農学部の果樹園芸学研究室に着任され、りんごの研究のほか、岩手県内のブルーベリーの導入・普及に多大な貢献をされました。ここでは横田先生の研究の記録とともに、「はるか」誕生の物語をご紹介します。
横田先生は「学者である前に立派な栽培者であれ」という教えを大切にし、心から実践してこられました。その言葉通り、常に圃場に足を運び、小さな苗木の成長を静かに見守り、ミツバチの羽音があふれる花々と、色付いていく果実に寄り添う時間を何よりも大切にされる方でした。
1977年、横田先生は「ゴールデン・デリシャス」の自然交雑種子を200個ほど播き、その中から葉の形が良いもの20個体を厳選して観察を始めます。「桃栗三年、柿八年」と言われるように、果樹が結実するまでには長い時間がかかります。10年の歳月が流れた頃、ようやく花が咲き、実を結ぶ日が訪れました。横田先生は「開き始めた緑の芽の中に、ピンクのつぼみを確認した時の喜びは筆舌に尽くしがたい」と当時の感動を書き残しています。
毎日圃場に立ちながら、微かな新品種への期待を胸に人工授粉を繰り返していた先生。しかし、なかなか思うような成果には恵まれず、結実後も期待と失望を繰り返す毎日だったそうです。それでも、諦めずに見守り続けた結果、最後に残ったのが小ぶりながらも非常に美味しい黄色い品種。後に「はるか」を実らせることとなるこの苗木は、岩手大学の農場に植えられ、大玉化など栽培方法の工夫が重ねられながら成長していきます。
2002年、およそ25年もの観察・育成の過程を経て、ついに「はるか」は正式な品種として認められます。
名前の由来は先生のお孫さんの名前から、そしてりんごの淡い黄色が「はるか先にある希望」を思わせることから名付けられました。
今でこそ「はるか」は岩手のブランドりんごとしての地位を確立しておりますが、品種登録時から、今のような人気があったわけではありませんでした。「さび」(果皮の変色)が発生しやすく、外観が悪く、商用に向かないとされていたのです。
それでも「はるか」の食味に惚れ込んだ一部の生産者の方々が、「はるか」を岩手の冬を代表するブランドりんごに育て上げようと、研究会を立ち上げ、有袋栽培による外観の改善や、栽培技術の確立などの努力を続けてきたのです。
冷たい季節に寄り添うように、「はるか」は、冬の静けさの中でそっと実を結びます。
横田先生、そして多くの生産者の方が長年にわたって愛情を注ぎ、美味しく美しく育てられた「はるか」。大切な人への冬の贈り物としてぴったりだと思いませんか?
これからも「はるか」が大切な人と分かち合う時間や、遠くにいる人へ思いを馳せる瞬間を、やさしく彩ってくれますように。
- 関連サイト