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ILCで宇宙の謎に迫る! ―鍵を握るヒッグス粒子と暗黒物質―

掲載日2021.04.02
最新研究

教育学部 理科教育科 物理学教室
准教授 馬渡 健太郎
素粒子物理学(理論)


皆さん 「ILC」 って聞いたことありますか?聞いたことのある方、それが何かご存知でしょうか?
盛岡駅を出てアイーナに入ると、どーんと下の大きな看板が目に止まります。ILCはInternational Linear Colliderの頭文字で、日本語では 国際リニアコライダー (もしくは国際線形加速器)とよばれます。訳してもなんだかよく分かりませんね・・・私の研究はこのILCと深く関わっているので、まずはILCが一体何なのか少しずつ紹介します。

ILCとは

ILCは、端的に言うと 「電子と陽電子を高エネルギーで衝突させるための加速器」 で、世界約50カ国もの研究者が参加する国際プロジェクトです。全長約20kmにも及ぶ巨大施設で、岩手県の北上山地が建設候補地となっています。では何のために? 「宇宙の謎を解明するために」 。(ますます分からなくなったかもしれませんね・・・もう少し辛抱して読んでください。)

電子と陽電子 ―素粒子とは―

電子 は電流や静電気の担い手で、身近な素粒子の一つです。 陽電子 は電子と全く同じ性質を持ちますが、電子とは反対のプラス電荷を持った素粒子です。
ここで 「素粒子」 といいましたが、素粒子とは身の回りのものをどんどん細かく分割していき、それ以上分割できない粒々のことをいいます。「すべての物質は小さな粒(原子)からできている」と中学校で習います。20世紀初頭に、原子はさらに分割でき、その中心に原子核があり、その周りを電子が飛び交っていることが分かりました。現在では、原子核は陽子と中性子からなり、そのそれぞれはさらに素粒子であるクォーク3つからできているということが分かっています [図1]。

図1:原子の構造

ビッグバンを再現

近年の天体観測から「宇宙は膨張していて、約138億年前に誕生した」ということが分かってきました。これは時間を巻き戻していくと宇宙は一点から始まったということを示唆しています。宇宙は、現在の宇宙全体の物質・エネルギーが一点にぎゅっと集まった火の玉が爆発して始まったと考えられており、この爆発を 「ビッグバン」 とよびます。ILCは、このビッグバンを再現するために、電子と陽電子を直線トンネルの中で20kmも離れたところから加速させ衝突させるのです。

ビッグバン直後の高温・高密度、つまり高エネルギー状態の宇宙では、電子やクォークなどの素粒子が原子を形成することなくバラバラに飛び交っていたと考えられています。私の専門とする 「素粒子物理学」 は、物質を構成する最小単位である素粒子を通して、我々の宇宙がどのように誕生し進化してきたのかを研究する学問といえます。

宇宙の謎を解く鍵

ここまでILCとは何なのか紹介してきました。後半は私自身の研究を交えながら、宇宙の謎を解明する鍵となる ヒッグス粒子暗黒物質 について紹介します。

ヒッグス粒子

ILCと同じように、粒子を加速し衝突させる実験は世界各地で行われています。その一つがスイス・フランスにまたがるLHC(Large Hadron Collider)です。ILCが直線で電子・陽電子を加速するのに対し、LHCは周長27kmの円形の加速器で陽子同士を衝突させます。そのLHCで、1964年にヒッグス氏(イギリス)が予言した粒子が、半世紀を経た2012年についに発見されました。その粒子は彼の名にちなんで 「ヒッグス粒子」 とよばれています。
9年前にその存在が証明されたヒッグス粒子ですが、正体は未だによく分かっていません。ILCは「ヒッグスファクトリー」ともよばれ、ヒッグス粒子を大量生産する計画です。私は、その性質を精査し、宇宙初期におけるヒッグス粒子の役割を突き止めることを研究テーマの一つとしており [図2]、日々シミュレーションを繰り返し、世界各地の研究者と議論を重ねています *1。

図2: 国際学術誌の表紙に選ばれたMaltoni氏、Zaro氏とのヒッグス粒子に関する共著論文の図

暗黒物質

先ほど「すべての物質は原子からできている」といいました。しかし近年の詳細な宇宙観測から、これを覆す証拠が積み上がってきました。原子からなる物質は宇宙全体のほんの5%にすぎないというのです。残りの95%は正体不明で、そのうち27%は 「暗黒物質(ダークマター)」 、そして68%は 「暗黒エネルギー」 が占めています。
私は、暗黒物質の正体に迫るため、ILCにおけるシグナルを検証し、また様々な探索実験において暗黒物質の理論を系統的かつ効率的に比較検証できる枠組みの構築を試みています *2。


私は大学院で素粒子の研究を始め、それから約20年、日本、韓国、ドイツ、ベルギー、フランスと転々としながら研究を続けてきました。ベルギーで研究をしていた時に、幸運にも、隣国でヒッグス粒子が発見され、そしてヒッグス氏と一緒にノーベル物理学賞を受賞したアングレール氏と同じ大学に所属していたことで、その歓喜の現場に立ち会うことができました。近い将来この岩手で当時の感動と興奮を再び味わえることを夢見て、日々研究と教育に励んでいます*3。

教育学部「小学校理科」授業風景 (自然の階層性について)

おわりに

この記事を目にした方々が、ILCや、宇宙、素粒子に少しでも興味をもって頂けたら嬉しく思います。読んでもさっぱり分からないという方、もう少し詳しく知りたい方、出前講義に伺います。ぜひ広報へご連絡ください。


*1 科学研究費基盤研究(C) 18K03648「有効場理論によるヒッグス相互作用の検証とその背後にある新物理探究」
*2 科学研究費新学術領域研究(研究領域提案型)20H05239「各種暗黒物質探索実験データと素粒子模型を系統的に照合するための枠組構築」
*3 科学研究費基盤研究(B) 21H01077 「リニアコライダーにおける新物理探索に資する計算ツールの研究開発」