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世界最高峰の晩抽性を持つハクサイ新品種「いとさい1号」―生産コストや環境負荷を低減し、安定生産を実現―

掲載日2022.06.21
最新研究

農学部 附属寒冷フィールドサイエンス教育研究センター
由比 進
野菜、園芸、育種、栽培、気象、遺伝、教材

概要

・ハクサイは、早春にタネを播いて加温(暖房)せずに栽培すると、玉をつくらずに菜の花を咲かせて収穫できなくなります(写真右、×)。
・ハクサイ新品種「いとさい1号」は、世界最高峰の花を咲かせにくい性質(晩抽性)持っています(写真左、○)。
・加温や保温が不要になり、生産コストや環境負荷を低減した安定生産を実現します。
・1983年に研究を開始し、2005年から岩手大学、株式会社サカタのタネ、国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構(以下、農研機構)、岩手県、以上4者が共同研究を進めて新品種を育成しました。

左:新品種「いとさい1号」 (収穫可) 右:既存のハクサイ品種 (収穫不可)

研究の背景

ハクサイなどアブラナ科の葉根菜類¹⁾ を早春にタネ播きすると、葉をつくっている生長点が低温によって花をつくるように変化し、花茎が急速に伸びて開花するようになります。これは抽だい(とう立ち)²⁾ と呼ばれる現象で、栄養分が花茎に奪われて葉の生育が不十分となり結球(玉になること)が進まず、場合によっては収穫不能になります。抽だいを防ぐためには、タネ播き後しばらく加温(暖房)して苗を育てたり、畑でビニールトンネル被覆をしたりして、低温に遭遇させない栽培が行われています。早春~春播きのハクサイ作型³⁾ において、エネルギー投入を不要にして栽培コストと環境負荷を低減させつつ安定した収穫が得られるように、これまでの品種より抽だいしにくい晩抽性⁴⁾ 品種の育成が求められてきました。

研究内容

私達の晩抽性品種の開発は、1983年に当時の農水省野菜試験場(三重)で始められました。その後2005年から、農研機構、岩手大学、株式会社サカタのタネ、岩手県、以上4者による共同研究が続けられてきました。その間、在来品種⁵⁾ である「大阪白菜晩生(おおさかしろなばんせい)」⁶⁾ の中に特異な晩抽性を見出して利用開発を進め、2021年に世界最高峰の晩抽性を持つハクサイ品種の育成に至りました。

得られた成果

研究開始から約40年をかけて、以下の3つの成果をあげました。
(1)結球しないツケナ在来品種「大阪白菜晩生(おおさかしろなばんせい)」から選抜して、特異な晩抽性をもつ「つけな中間母本⁷⁾ 農2号」を育成(1997)。
(2) DNAマーカー⁸⁾ による晩抽性の選抜手法(遺伝子診断技術)を開発(2014)。
(3) 上記の2つの成果を活用し、世界最高峰(たぶん、世界一)の晩抽性ハクサイ品種「いとさい1号」を育成して品種登録⁹⁾ 出願(2021.10)。

育成した新品種の特徴

晩抽性 : 写真1は、2020年3月にタネ播きした「いとさい1号」、写真2は同じ日に播いた既存の晩抽性ハクサイ品種です。このタネ播き時期だと、生育初期から低温に遭遇するため、既存の晩抽性ハクサイ品種であっても抽だいが進みます。このため、写真2の矢印で示したように花茎が20cm以上に伸長して結球が乱れ、商品になるハクサイを収穫することができません。一方、写真1の「いとさい1号」の花茎は5cmほどしか伸びておらず、きれいに結球したハクサイを収穫することができます。

写真1.「いとさい1号」
写真2.既存の晩抽性品種

葉の品質 : 「いとさい1号」は、サカタのタネから市販されているハクサイ品種「タイニーシュシュ」に晩抽性を持たせた新品種です。「いとさい1号」は「タイニーシュシュ」と同様に葉の表面に毛が生えない特性をもっており、従来のハクサイではあまり行われなかった生食にも適しています。これによって生食できるハクサイの周年安定出荷が実現し、野菜消費が増えることを期待しています。

知的所有権

品種登録出願 : 2021年10月4日
同 出願公表 : 2022年3月1日
同 出 願 者 : 国立大学法人 岩手大学
        株式会社サカタのタネ
        国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構
        岩 手 県

今後の展開

岩手大学滝沢農場の他に、共同育成者である岩手県の農業研究センター(北上市)および県北農業研究所(軽米町)においても試作を行っています。今後は、さらに試作を増やしながら「いとさい1号」の商品性について確認を進め、種子の販売を検討していきます(販売開始時期は未定)。
「いとさい1号」は既存のハクサイ実用品種の中ではおそらくもっとも抽だいしにくい、世界最高峰の晩抽性を持っています。しかしながら、これはとりあえずの世界最高峰。私達は「いとさい1号」を上回る晩抽性品種の実用化をめざして、研究を進めていきます。

活用した研究資金

・ 平成19年度夢県土いわて 戦略的研究推進事業
   「寒冷地における冬~春野菜生産を可能にする新品種・作型の開発」
    研究代表者 : 由比 進(2005.8.1~2008.3.15)
・ 科学技術振興機構(JST) 重点地域研究開発推進プログラム(育成研究)
   「長日要求性素材と遺伝子解析を応用したアブラナ科極晩抽性品種の開発」
    研究代表者 : 由比 進(2009~2011)
・ 科学技術振興機構(JST) 研究成果最適展開支援プログラム シーズ育成タイプ
   「長日要求性素材と遺伝子解析を応用したアブラナ科極晩抽性実用品種の開発」
    研究代表者 : 加々美 勉(2012~2017)

用語の説明

  • 葉根菜類 ¹⁾

    野菜のうち、葉や根などの栄養生長器官を利用するもの。葉菜(ハクサイ、キャベツ、コマツナ、レタスなど)と根菜(ダイコン、カブ、ニンジン、ゴボウなど)の総称。これに対して、トマトやキュウリのように果実や種子などの生殖生長器官を利用する野菜は「果菜類」と呼ばれる。

  • 抽(ちゅう) だ い ²⁾

    「とう立ち」ともいう。植物の葉をつくる生長点(葉芽)が、低温遭遇や長日などの環境条件の変化によって花芽に変化し、茎が急速に伸びて開花する現象。葉や根を収穫する葉根菜類においては、収穫部位が十分に発達する前に花芽が形成されて抽だいすると、花茎部に栄養分が奪われるため収穫部位の品質や収量が低下し、さらには収穫できなくなることがある。

  • 作型(さくがた) ³⁾

    ある作物について、どの品種のタネを、いつ、どこで、どのように育て、いつ収穫するか、などをまとめた栽培の体系。促成栽培、半促成栽培、抑制栽培などの名称で呼ばれることが多い。ハクサイの場合は、主にタネ播き時期によって、春播き(加温育苗、トンネル、ハウス)、夏播き、秋播き、に分類される。

  • 晩抽性(ばんちゅうせい) ⁴⁾

    抽だいが遅い性質。他の品種が抽だいしてしまう条件下でも抽だいせずに収穫できる品種を「晩抽性品種」と呼ぶ。

  • 在来品種 ⁵⁾

    ある地域で長年栽培され続けている、地元に密着した品種。「在来種、地方品種、地方野菜」などと呼ばれることもある。岩手の在来品種では「二子さといも、安家地大根(あっかじだいこん)、暮坪蕪(くれつぼかぶ)」などが有名である。なお、栽培されているものではなく自然界に生息している「在来種(外来種の対義語)」とは別の範疇の言葉であることと、「在来品種=固定種」ではないこと、以上の2点に注意。

  • 大阪白菜晩生(おおさかしろなばんせい) ⁶⁾

    関西で利用される在来品種のツケナ(菜っ葉)。「大阪シロナ、シロナ、天満菜」とも称される。ハクサイの仲間とチンゲンサイの仲間との雑種から成立したといわれ、結球(玉をつくること)はしない。ハクサイと同じ生物種(しゅ)に属するため、自然交配や人工交配によって容易に雑種が得られる。近年は、関西においてもコマツナに押されて生産消費が減っていると聞く。

  • 中間母本 ⁷⁾

    品種改良に利用されることを目的に育成・公開された品種。病害抵抗性や晩抽性など特定の優れた形質を持つが、それ以外の形質が不十分であることが多く、実用栽培への利用は想定されていない。

  • DNAマーカー選抜 ⁸⁾

    遺伝子の配列を読み取って、遺伝的な性質を判定する技術。「どんな作用をする遺伝子を持っているか」を、現れた作用(表現型)からではなく遺伝子で判定する。「遺伝子診断」とほぼ同義。

  • 品種登録 ⁹⁾

    新品種を育成すると、種苗法に則って「品種登録」を行うことができる。品種登録は、「出願(受理)→ 出願公表 → 登録」の流れで進められる。登録された品種には育成者権(知的所有権、知的財産権)が認められ、他者はその品種のタネや苗を無断で増殖・販売することが禁止される。品種に対して認められる、著作権のようなもの。

本件に関する問い合わせ先
農学部 附属寒冷フィールドサイエンス教育研究センター  由比 進