理工学部 物理・材料理工学科 マテリアルコース
教授 鎌田康寛
材料工学
岩手大学理工学部 鎌田康寛教授らの研究グループは、核融合炉環境を想定した鉄薄膜のイオン照射実験と第一原理計算を実施し、過酷照射が鉄の磁性に及ぼす影響を解明しました。超高真空蒸着法により高品位な純鉄薄膜を作製してヘリウムイオンの過酷照射を行いました。照射前後の構造と磁性を詳しく調べた結果、高密度の微小キャビティの形成に対して鉄の磁性が頑強であることを初めて明らかにしました。本成果は、過酷照射環境下で使用される核融合炉ブランケットの磁性の理解と電磁力の予測で役立ち、今後の核融合炉の開発に貢献できると期待されます。
地上に“太陽”と同じ仕組みのエネルギー源を作ろうとする、“国際核融合実験炉ITER”の建設が南仏で進んでいます。ウランの核分裂を用いる原子力発電と異なり、水素の核融合を用いる核融合発電は、①燃料の枯渇、②高レベル放射性廃棄物の発生、③運転時の暴走、の心配がない点で優れていますが、1億度以上の高温プラズマの閉じ込めが必要な点で技術的ハードルは高くなっています。また、材料工学的な観点からは、原子力発電に比べて桁違いに多い中性子照射による激しい材料損傷が懸念され、力学特性に与える過酷照射の影響の研究が進んでいます。他方、定常運転時・緊急時に核融合炉ブランケットに加わると予想される電磁力の計算で磁気特性値の入力が必要で、過酷照射を受けた際の磁性の把握が不可欠ですが、実験の難しさから研究はほとんど行われていませんでした。
本研究は、中性子照射(原子炉とホットラボ使用が不可欠で、莫大なコストと数年の照射期間が必要)の模擬実験として高品位薄膜試料のイオン照射(実験の自由度が高く、加速照射が可能)を実施し、磁性の挙動を調べた点に特徴があります。超高真空蒸着法でブランケット材のF82H鋼の主成分である純鉄の高品位薄膜を作製して、室温でヘリウムイオンの過酷照射を行い、キャビティ(核融合炉照射環境下で生じるヘリウムの集合体)の形成が構造と磁性に与える影響を実験的に詳しく調べ、第一原理計算の結果とあわせて考察しました。
断面透過電子顕微鏡(TEM)観察から高密度キャビティの形成を確認し、さらにX線回折実験から膜面垂直方向に格子が膨張していることを確認しました。一般に鉄は格子膨張を起こすと、磁気体積効果により飽和磁化が増加すると予想されますが、今回、大きな増加は確認されませんでした。この実験結果は第一原理計算の結果とも一致しました。本研究より純鉄の磁性が高密度キャビティの形成に対して頑強であることを初めて明らかにしました。
本研究ではヘリウムイオンの室温照射が純鉄の磁性に及ぼす影響を解明しました。今後は同様の手法を用いてクロム添加合金の高温照射(運転時のブランケット予想温度は300℃〜550℃)などの実験を進め、ブランケット材の磁性に及ぼす過酷照射の詳細を明らかにし、材料工学的な観点から核融合炉開発に貢献したいと考えています。
題目:Microstructure and Magnetism of Heavily Helium-Ion Irradiated Epitaxial Iron Films
著者:Y. Kamada, D. Umeyama, T. Oyake, T. Murakami, K. Shimizu, S. Fujisaki, N. Yoshimoto, K. Ohsawa and H. Watanabe
誌名:Metals 2023, 13(11), 1905;
https://doi.org/10.3390/met13111905
公表日:2023年11月18日
本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られました。
・文部科学省科学研究費補助金・基盤研究(B)23H01890「照射形成キャビティと階層構造を含む鉄基合金の電磁特性の高効率・動的可視化研究」研究代表者:鎌田康寛
・九州大学応用力学研究所共同利用研究 核融合力学分野「ヘリウムイオン照射した鉄系合金のキャビティ形成と磁気特性」研究代表者:鎌田康寛
岩手大学 理工学部 物理・材料理工学科 マテリアルコース
教授 鎌田康寛
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