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糖脂質酵素MPIaseの生合成酵素YnbBが低温環境で大腸菌の生育に必要となることを発見

掲載日2024.02.28
最新研究

農学部 応用生物化学科
教授 西山 賢一
細胞構造形成学

岩手大学農学部西山賢一教授らの研究グループは、モデル生物大腸菌がもつ「糖脂質酵素」MPIaseの生合成酵素YnbBの低温下での生育における重要性を明らかにしました。
MPIaseはタンパク質膜輸送を触媒する酵素様の機能をもつ糖脂質です。CdsAタンパク質とYnbBタンパク質はMPIaseの生合成に関わる酵素で、互いに類似したアミノ酸配列をもっています。CdsAの重要性は古くから示されてきた一方、YnbBを欠損させても大腸菌の生育には何の影響も見られず、YnbBの役割は不明でした。本研究では、CdsAの発現量が制限された場合、大腸菌は低温環境においてYnbBがないと生育できなくなることが明らかとなり、これまで不明だったYnbBの重要性が初めて示されました。また、YnbBがMPIaseの発現量を調節してタンパク質膜挿入・膜透過反応を維持し、低温環境に適合していることを明らかにしました。
本成果をもとに、低温環境における生物の環境適応メカニズムが解明されれば、遺伝学的アプローチによる寒冷耐性作物の育種などにつながり、東北地方をはじめとする世界の寒冷地農業の技術的な発展に貢献することが期待されます。

研究成果のポイント

  • タンパク質膜輸送を触媒する「糖脂質酵素」MPIaseの生合成酵素YnbBは、低温下での生育に重要であることを明らかにしました。
  • YnbBは低温下で発現が誘導され、低温環境への適合に重要であることを示しました。
  • 本研究で明らかとなった低温環境適応メカニズムは寒冷耐性作物の育種に役立ちます。

背景

すべての生物の細胞にはリン脂質からなる生体膜があり、その膜にはさまざまな機能を果たす膜タンパク質が多く埋め込まれています。また、生体膜を通り抜けて外部で機能を果たすタンパク質(分泌タンパク質)も多く存在します。これらのタンパク質が輸送される反応を「タンパク質膜輸送反応」と呼び、それぞれタンパク質膜挿入反応およびタンパク質膜透過反応と呼びます。我々は、大腸菌におけるタンパク質膜輸送は、MPIaseと命名した糖脂質により触媒されることを明らかにしてきました(1,2)。糖脂質でありながら酵素のような触媒機能をもつことから、MPIaseは「糖脂質酵素(Glycolipozyme)」であるという概念を提唱しています(1,3,4)。これまでに、CdsAとYnbBという2つの酵素がMPIaseの合成に関わっていることを報告し、これらの遺伝子破壊株を構築して、MPIaseはタンパク質膜輸送に必須であり、そのため大腸菌の生育にも必須であることも証明しました(5)。この2つの酵素はお互いにアミノ酸配列が類似した「ホモログ」の関係にあります(6)。CdsAは、MPIase合成酵素であることが明らかにされる以前からリン脂質生合成酵素として知られており、欠損すると大腸菌が生育できなくなる重要な必須遺伝子として、盛んに研究されてきました。最近になってCdsAはリン脂質生合成に関与するだけでなく、MPIase生合成にも関わっていることを見出しました(5)。一方、YnbBはMPIaseの合成に関与することは明らかにされたものの、YnbB遺伝子を欠損しても大腸菌はまったく影響なく生育することから、その必要性はわかっていませんでした。

研究内容

我々は、MPIaseは低温環境で発現量が著しく増加し、タンパク質膜輸送の低温感受性を抑制することを明らかにしています(7,8)。低温下では膜脂質の流動性が低下してタンパク質膜輸送効率が大幅に低下しますが、MPIaseが膜の流動性を増加させる(3,4)ためです。低温でのMPIaseの増加は、主にはCdsAの低温での増加によるものと考えられてきました(8)。本研究では、YnbBもMPIaseの低温下での増加に関与している可能性を考え、CdsAの発現量が常温でも低温でも変化しない変異株を構築し、YnbBが菌の生育やタンパク質膜輸送に及ぼす影響を詳細に解析して、YnbBの重要性を検証しました。

研究成果

CdsAの発現が温度により変化しない変異株では、YnbBが低温での生育に必須であることがわかりました(図)。これは、YnbBの必須性が示された初めての報告となります。低温環境でMPIaseの不足を感知し、YnbBのmRNAの量が増加して、MPIase合成量が増加することが判明しました。この変異株でYnbBが欠損したとき、MPIaseは低温下で増加せず、タンパク質膜輸送が著しく阻害されました。以上のように、YnbBはMPIaseの不足を感知し、タンパク質膜輸送に必要な量のMPIase量を確保する役割があることが明らかになりました。

今後の展開

タンパク質膜輸送は、大腸菌でもヒトや高等植物でも基本的な原理は共通しているということが知られています。最近の研究により、MPIaseと類似の機能をもつ糖脂質(MPIaseホモログ)は、ヒトや植物などの高等生物にも広く存在していることが明らかになりつつあります(当研究グループ未発表データ)。特に、ヒト細胞のミトコンドリアに局在するMPIaseホモログは、ミトコンドリアにおけるタンパク質膜挿入に関与するため、ミトコンドリアの形成に重要な役割を果たしていると考えられます。したがって、ミトコンドリアのMPIaseホモログの機能解析を進めることにより、老化のメカニズムの解明が進むことが期待されます。さらに、植物葉緑体のCdsAホモログは、MPIaseの生合成を触媒できることも明らかになっています(9)。そのため、植物MPIaseホモログの発現量を増加させたり、機能増強させたりすることにより、低温下でも発育が容易な作物を作出し、農作物に寒冷耐性を付与する研究にも本研究成果が役立てられることが期待されます。

図. YnbBが生育に及ぼす影響。CdsAの発現量が変化しない変異株と低温条件との組み合わせを利用した変異体解析により、YnbBが低温下での生育に重要であることを見出した。

用語説明

  • 糖脂質
    糖鎖が脂質に結合した化合物。細胞の表層に存在しているものが多く、細胞同士の相互作用やウイルスの感染などに関与する例が多く知られている。本研究の対象であるMPIaseは、酵素様の機能をもつ特異な糖脂質である。
  • 生体膜
    リン脂質が親水的な部分を外部に、脂質部分を内側にして二次元的に並び二重層構造をとっている。細胞や細胞小器官は生体膜により自己と外界とを区画している。
  • CdsA
    CDP-ジアシルグリセロール生合成酵素。フォスファチジン酸とCTPからCDP-ジアシルグリセロールを合成する。CDP-ジアシルグリセロールはリン脂質やMPIaseの原料となる。
  • ホモログ
    類似した構造をもつ化合物群。同一の祖先をもち、同様の機能をもつと考えられる。
  • 流動性
    生体膜を構成するリン脂質は二次元的には自由に移動できるが、温度が低下すると脂質部分同士の相互作用が強くなり、この移動が困難になる。

引用文献

  1. Nishiyama, K., Maeda, M., Yanagisawa, K., Nagase, R., Komura, H., Iwashita, T., Yamagaki, T., Kusumoto, S., Tokuda, H., and Shimamoto, K. (2012) MPIase is a glycolipozyme essential for membrane protein integration. Nat Commun 3, 1260
  2. Fujikawa, K., Han, Y., Osawa, T., Mori, S., Nomura, K., Muramoto, M., Nishiyama, K., and Shimamoto, K. (2023) Structural requirements of a glycolipid MPIase for membrane protein integration. Chem Eur J 29, e202300437
  3. Nomura, K., Mori, S., Fujikawa, K., Osawa, T., Tsuda, S., Yoshizawa-Kumagaye, K., Masuda, S., Nishio, H., Yoshiya, T., Yoda, T., Shionyu, M., Shirai, T., Nishiyama, K., and Shimamoto, K. (2022) Role of a bacterial glycolipid in Sec-independent membrane protein insertion. Sci Rep 12, 12231
  4. Mori, S., Nomura, K., Fujikawa, K., Osawa, T., Shionyu, M., Yoda, T., Shirai, T., Tsuda, S., Yoshizawa-Kumagaye, K., Masuda, S., Nishio, H., Yoshiya, T., Suzuki, S., Muramoto, M., Nishiyama, K., and Shimamoto, K. (2022) Intermolecular interactions between a membrane protein and a glycolipid essential for membrane protein integration. ACS Chem Biol 17, 609-618
  5. Sawasato, K., Sato, R., Nishikawa, H., Iimura, N., Kamemoto, Y., Fujikawa, K., Yamaguchi, T., Kuruma, Y., Tamura, Y., Endo, T., Ueda, T., Shimamoto, K., and Nishiyama, K. (2019) CdsA is involved in biosynthesis of glycolipid MPIase essential for membrane protein integration in vivo. Sci Rep 9, 1372
  6. Sato, R., Sawasato, K., and Nishiyama, K. (2019) YnbB is a CdsA paralogue dedicated to biosynthesis of glycolipid MPIase involved in membrane protein integration. Biochem Biophys Res Commun 510, 636-642
  7. Sawasato, K., Suzuki, S., and Nishiyama, K. (2019) Increased expression of the bacterial glycolipid MPIase is required for efficient protein translocation across membranes in cold conditions. J Biol Chem 294, 8403-8411
  8. Sawasato, K., Sekiya, Y., and Nishiyama, K. (2019) Two-step induction of cdsA promoters leads to upregulation of the glycolipid MPIase at cold temperature. FEBS Lett 593, 1711-1723
  9. Sekiya, Y., Sawasato, K., and Nishiyama, K. (2021) Expression of Cds4/5 of Arabidopsis chloroplasts in E. coli reveals the membrane topology of the C-terminal region of CDP-diacylglycerol synthases. Genes Cells 26, 727-738

掲載論文

題 目:Coordinated upregulation of two CDP-diacylglycerol synthases, YnbB and CdsA, is essential for cell growth and membrane protein export in the cold
著 者:Yuki Kamemoto, Runa Hikage, Youjung Han, Yusei Sekiya, Katsuhiro Sawasato, Ken-ichi Nishiyama
誌 名:FEMS Microbiology Letters
公表日:09 December 2023
DOI: 10.1093/femsle/fnad131

*本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られました。

  • 文部科学省科学研究費補助金・学術変革領域研究(A)「構造類似糖脂質MPIase、BPF、ECAの生合成酵素の探索・比較による糖付加戦略の解明」研究代表者:西山賢一
  • 文部科学省科学研究費補助金・学術変革領域研究(A)「社会実装を目指した汎用的セル・フリー膜タンパク質合成システムの開発」研究代表者:西山賢一
  • 文部科学省科学研究費補助金・基盤研究(B)「膜タンパク質のバイオジェネシスに関わる糖脂質MPIaseの構造と機能に関する研究」研究代表者:西山賢一
  • 文部科学省科学研究費補助金・挑戦的研究(萌芽)「細胞内タンパク質選別輸送・膜挿入に関わる真核生物由来の糖脂質の同定と構造機能解析」研究代表者:西山賢一
本件に関するお問い合わせ

農学部 応用生物化学科
教授 西山 賢一
019-621-6471
nishiyam@iwate-u.ac.jp