「生きている化石」の光合成CO₂固定酵素は反応速度が速いことを発見

掲載日2024.04.03
最新研究

農学部 応用生物化学科
教授 鈴木雄二
植物栄養生理学

概要

岩手大学農学部鈴木雄二教授、森林総合研究所宮澤真一主任研究員、東北大学大学院農学研究科牧野周名誉教授らの研究グループは、生きている化石と呼ばれるオオトクサやトクサでは、光合成におけるCO₂固定反応を担う酵素Rubiscoの反応速度が速いことを明らかにしました。
反応速度が速いRubiscoは、陸上植物ではトウモロコシやソルガムなどの、葉内でCO₂を濃縮できる限られた種に存在することが知られていますが、オオトクサやトクサにはCO₂濃縮機構はありません。このため、今回の発見は光合成研究における常識を覆すものとなりました。
本研究の成果は、陸上植物のうち進化の早い段階で出現した種には、優れた性質をもつRubiscoが存在することを示唆するもので、将来的な光合成能力強化のために有用であると期待されます。

研究成果のポイント

  • オオトクサやトクサのRubiscoはCO₂固定反応が速い
  • その原因は、これらの植物の祖先が太古の高CO₂環境で進化したためであると考えられる
  • 陸上植物のうち進化の早い段階で出現した種のRubiscoが、将来的な光合成能力強化にとって有用であると期待される

背景

光合成は地球上の生命の糧となっています。光合成によるCO₂の同化と物質生産は、酵素RubiscoによるCO₂固定反応により始まります。RubiscoのCO₂固定反応は遅く、光合成の能力を支配する因子になっています。このため、Rubiscoは食料増産に向けた光合成能力強化のターゲットとなっており、世界中の多くの研究者が注目しています。
Rubiscoの特性は多くの植物種で調べられており、一般的にRubiscoのCO₂固定反応が速いほどCO₂との反応のしやすさ(基質親和性)が低下するという関係がみられます。陸上植物の大多数を占める植物(C₃植物)のRubiscoは、反応速度は遅いものの基質親和性が高いものとなっています。その理由は、光合成の際にCO₂が大気からRubiscoまで受動的に移動するため、Rubiscoの周囲のCO₂濃度が低く、反応速度よりも基質親和性が優先されたためであると考えられています。これとは逆に、トウモロコシやソルガムなどの、葉内でCO₂を濃縮する機構を有している植物(C₄植物)のRubiscoは、基質親和性は低いものの反応速度の速いものとなっています。
Rubiscoの特性が多くの植物種で調べられているとはいえ、まだ調べられていない植物種は非常に多く、陸上植物ではその割合は99%以上となっています。その原因のひとつは、Rubiscoの酵素活性の測定が難しい植物種が少なくないことです。そこで鈴木教授らのグループは、Rubisco活性測定の方法を改良したうえで、これまでにほとんど注目されていなかった、シダ植物のRubiscoの特性を調べることとしました。

研究内容

Rubiscoの活性測定で特に問題となるのは、葉に含まれるポリフェノールや多糖類による妨害です。そこで、Rubiscoを葉から抽出する際に、これらの夾雑物を吸着する添加物を多量に含む緩衝液を用い、抽出したRubiscoを選択的に沈殿させてから用いることで、夾雑物による影響を抑え、より広い植物種におけるRubiscoの活性測定を可能としました。
調べたシダ植物の中で、陸上植物の進化において早い段階で出現し、「生きている化石」と呼ばれるトクサ科のオオトクサやトクサでは、RubiscoのCO₂固定反応の速度がトウモロコシやソルガムといったC₄植物のRubisco並みに速いことがわかりました。CO₂への基質親和性もC₄植物と大きく変わりませんでした。

研究成果

以上の結果から、オオトクサやトクサは、CO₂を濃縮する機構をもたないにもかかわらず、CO₂固定反応が速いRubiscoを有することが明らかとなりました。このような植物種はこれまでにほとんど知られておらず、本研究の成果は光合成研究における常識を覆すものとなりました。
なぜオオトクサやトクサがCO₂固定反応の速いRubiscoを有しているかについては、トクサ科の植物が進化した時代と関連していると考えられます。トクサ科の植物が出現したのは、シルル紀中期から石炭紀初期であると見積もられており、この間には大気中のCO₂濃度が非常に高い時期がありました。このような環境では、C₄植物同様に、RubiscoのCO₂への基質親和性は低くても、反応速度が高い方が光合成にとって有利になります。オオトクサやトクサは、このような祖先の特性を受け継いでいるのかもしれません。

今後の展開

本研究の結果は、陸上植物の進化の過程において初期に出現した種には、反応速度の高い優れたRubiscoが存在することを示しています。今後さらに研究を進め、反応速度が速いとともに基質親和性が低すぎないRubiscoを見出すことができれば、将来的に作物の光合成能力と生産性の強化に利用できると期待されます。

掲載論文

題目:Equisetum praealtum and E. hyemale have abundant Rubisco with a high catalytic turnover rate and low CO₂ affinity
著者:Kana Ito¹, Sakiko Sugawara², Sota Kageyama², Naoki Sawaguchi¹, Takuro Hyotani³, Shin-Ichi Miyazawa⁴, Amane Makino³'⁵, and Yuji Suzuki²
¹ 岩手大学大学院総合科学研究科、² 岩手大学農学部、³ 東北大学大学院農学研究科、⁴ 森林総合研究所樹木分子遺伝研究領域、⁵ 東北大学高度教養教育・学生支援機構
誌名:Journal of Plant Research (2024) 137:255–264. DOI: 10.1007/s10265-023-01514-z.
公表日:2023年12月

用語解説

  • Rubisco
    酵素ribulose-1,5-bisphosphate carboxylase/oxygenaseの略称。植物細胞内の細胞小器官であり、光合成の場である葉緑体に存在し、光合成CO₂同化の初発反応となるCO₂固定反応を担う。
  • CO₂固定反応
    無機化合物であるCO₂を有機化合物に取り込む反応。Rubiscoが担うCO₂固定反応では、炭素数5の有機化合物とCO₂が反応し、炭素数3の有機化合物が2分子生成される。
  • C₃植物
    光合成の際に、CO₂が大気から葉緑体内のRubiscoまで、濃度勾配に従った拡散により受動的に移動する植物。名前の由来は、CO₂固定反応の後、はじめて生成するのが炭素数3の化合物となっていることである。陸上植物の90%以上を占めると推定されている。
  • C₄植物
    光合成の際に、CO₂が大気から葉に取り込まれた後、異なる細胞間の協調的な働きにより、エネルギーを消費しつつ、Rubiscoが存在する細胞内でCO₂を濃縮することができる植物。名前の由来は、CO₂固定反応の後、はじめて生成するのが炭素数4の化合物となっていることである。陸上植物の1~5%を占めると推定されている。

本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られました。
・文部科学省科学研究費補助金・挑戦的研究(萌芽)「方法的限界の打破から挑む、かつてない多様な植物種からの優れたRubiscoの発掘」研究代表者:鈴木雄二
・文部科学省科学研究費補助金・基盤研究(B)「針葉樹の炭素固定量予測モデルの精緻化に向けた光呼吸代謝の解明」研究代表者:宮澤真一

本件に関する問い合わせ先

農学部 応用生物化学科 教授 鈴木雄二
019-621-6153
ysuzuki@iwate-u.ac.jp