ボウル型構造をもつシクロアレーン誘導体の合成

掲載日2024.07.26
最新研究

理工学部 物理・材料理工学科 マテリアルコース
准教授 葛原大軌
有機合成化学、有機材料学

概要

岩手大学大学院の村上英之さん(現京都大学化学研究所博士後期課程在籍)、岩渕潤樹さん、浅利実希さん(修士課程在籍)、京都大学山田容子教授と岩手大学理工学部葛原大軌准教授の研究グループは、12個のベンゼン環が環状縮環した化合物であるケクレンに五員環を導入することで、ボウル型構造を持つシクロアレーン誘導体を合成しました。またこの誘導体が、室温においてボウルの凹凸が入れ替わる反転挙動を示すことや、一般的なシクロアレーンでは進行しないDiels-Alder反応によって3次元構造をもつ多環芳香族炭化水素へと変換できることを見出しました。本成果により、シクロアレーン類の構造的な特徴を活用した、有機半導体材料やセンシング材料への応用が見込まれます。

背景

複数のベンゼン環が縮環した多環芳香族炭化水素(PHA)は、ベンゼン環の縮環形式の違いによる多様な構造をとることができ、その多様性に基づく優れた電子物性を示すことから、有機半導体材料、センシング材料、生体材料などへ可能な有機機能性材料として応用研究が行われています。PHAの中で芳香環が環状に縮環した化合物はシクロアレーンと呼ばれています。ケクレンはシクロアレーンの代表的な化合物であり、ベンゼン環12個が環状に縮環した構造を持つ化合物です。このケクレンの名前はベンゼンの構造の提唱者であるケクレに由来しており”benzene of benzene”とも呼ばれています。しかし、シクロアレーン類の合成は一般的に困難であったため、その性質や物性はあまり研究されていませんでした。

研究内容と成果

本研究では、ケクレンを構成するベンゼンのうち2つを五員環に置き換えたシクロアレーン誘導体を新たに合成することに成功しました。本合成では、ビスマストリフラート[Bi(OTf)₃]による縮環反応を鍵反応として合成を達成しました。量子化学計算、核磁気共鳴法(NMR)、質量分析などから、今回合成したシクロアレーン誘導体がボウル型に歪んだ構造をもつことを明らかにしました。これは平面性の高いケクレンのベンゼン環をよりサイズの小さな五員環に置き換えることで、構造に歪みが生じるためボウル型構造へと変化したと考えられます。さらに室温において、ボウルの凹凸が反転する挙動を示すことも明らかにしました。また、今回合成したシクロアレーン誘導体の反応性を検討したところ、ケクレンでは進行しない、Diels-Alder反応が進行することを見出し、3次元構造を持つPHAへと誘導することに成功しました。

今後の展開

本研究では、ケクレンに対して五員環を導入することで、平面性の高い化合物からボウル型構造をもつ化合物へと変換できることを明らかにしました。そして、シクロアレーン誘導体にベンゼンの六員環以外の五員環やより大きな七員環や八員環を導入することで、新たな分子構造、電子物性、反応性を示す化合物を作り出せる可能性があることを示すことができました。また、ボウル型分子は、その反転挙動を活かしたセンシング材料、誘電体材料、半導体材料などへの応用が検討されており、新たな有機機能性材料としての可能性を明らかにしていきたいと考えています。

掲載論文

題目:Bowl-Shaped Kekulene Analogues: Cycloarenes with Two Five-Membered Rings
著者:Hideyuki Murakami, Hiroki Iwabuchi, Miki Asari, Hiroko Yamada, Daiki Kuzuhara
誌名:Chemistry – A European Journal
公表日:2024/5/31
DOI: https://doi.org/10.1002/chem.202401828(open access)

本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られました。
・文部科学省科学研究費補助金・基盤研究(C)「様々な架橋構造をもつ環状ポルフィリン多量体の合成と機能開拓」研究代表者:葛原大軌

本件に関する問い合わせ先

理工学部 物理•材料理工学科
准教授 葛原大軌
019-621-6351
kuzuhara@iwate-u.ac.jp