植物は厳しい冬の寒さをどのようにして乗り切るのか? ―冬の凍結と光は植物を強くする―

掲載日2024.08.02
最新研究

農学部 植物生命科学科
准教授 河村幸男
低温植物生理学

概要

盛岡のような寒冷地では、12月から最低気温が0℃を下回り、植物が凍結します。岩手大学農学部植物生命科学科の河村幸男准教授らの研究グループは、越冬性植物が厳冬期に凍結を経験することで、寒さに強くなる現象を初めて発見しました。また、凍結に加えて光を感知することで、さらに寒さに強くなることも明らかにしました。寒冷地の越冬性植物では、秋からの気温の低下を感知して冬支度をする、低温馴化という現象が既によく知られていました。本成果により、秋での低温馴化に加えて、本格的な寒さが到来する前の冬の初めに、植物は軽い凍結と光を感知することで、更に寒さに強くなり、厳冬を乗り切る、新たな寒さ対策を行っていることを発見しました。本研究は、寒冷地における植物の生存戦略の解明に向けた分子基盤の理解に留まらず、寒冷地での農業生産における低温・凍結による損害の解決につながることが期待されます。
本研究成果は、岩手大学大学院連合農学研究科 杉田 健史 大学院生を筆頭とする論文として2024年7月に国際誌『Plant, Cell & Environment』で公開されました。

背景

寒冷地で越冬する植物には、秋からの気温の低下を感知することで冬支度をはじめる低温馴化*¹という仕組みが備わっていることが知られています。これまで冷害などによる農作物被害の軽減のため、低温馴化が植物に与える影響についての研究は盛んに行われてきました。盛岡のような寒冷地では、日中でも最低気温が0℃を下回ることがあり、植物は凍結してしまいます(図1)。本研究グループでは、秋からの気温の低下が寒さ対策をはじめるきっかけになるように、凍結の感知が寒さ対策に何かしらの影響を及ぼすのではないかと考えました。

図1:凍結した植物の写真。  ①2022年岩手大学農場で撮影 ②2024年岩手大学上田キャンパス内で撮影

結果

今回得られた結果を踏まえると、植物は第1段階の寒さ対策として秋の気温低下を感知することで低温馴化を行います。その後、第2段階の寒さ対策として冬の初めに凍結や光といった複数の情報を認識することで、これまで以上に寒さに強くなることが分かりました( 凍結馴化 と命名)。このように植物は段階的に寒さ対策を行い、効果的に厳冬期の本格的な寒さに備えていることが分かりました(図2)。盛岡のような寒冷地では、12月から最低気温が氷点下を下回り、晴れの日でも霜によって植物が凍結している状態が度々観察できます(図1)。この際に、第2段階の寒さ対策(凍結馴化)を行なっていると考えられます。

図2:植物における季節変化による馴化

研究内容

モデル植物であるシロイヌナズナ*²を人工気象器*³で生育させ、2℃の低温にさらすことで低温馴化を誘導します。その後、植物を-2℃の温度に数日間さらしました。一般的に、氷点下での水は、衝撃を与えない限りは凍結しない、過冷却*⁴という状態になります。今回は、-2℃に植物をさらす際に生育培地ごと植物を凍結させる状態と、培地も植物も凍結させない過冷却の状態の2つに分類し、実験を行いました(図3)。また、それぞれの条件で処理した植物を-14℃や-18℃にさらした時の生存率(凍結耐性)を測定しました。
実験の結果、低温馴化した植物を氷点下にさらすことで、低温馴化よりも高い凍結耐性を獲得しました。興味深いことに、氷点下に植物をさらす際に、培地ごと植物を凍結すると、更なる凍結耐性を獲得することがわかりました(図3)。

図3:低温馴化と-2℃で馴化(凍結なし、凍結あり)したシロイヌナズナを-14℃にさらした際の様子

このように、植物に凍結を経験させることで、大幅な凍結耐性を獲得することがわかりましたが、この凍結を伴う馴化のことを「凍結馴化」、凍結していない過冷却での馴化のことを「過冷却馴化」と名付けました。面白いことに、凍結馴化中に光を与えることで更なる凍結耐性を獲得することがわかりました(図4)。

図4:暗所と明所で凍結による馴化したシロイヌナズナを-14℃と-18℃にさらした際の様子

そこで光の影響を考察するために、凍結馴化の際、光をあてた条件で以下の実験を行いました。
①光合成を阻害する試薬[用語:5]の付与
②光を受け取る機能をもつ遺伝子を欠損させた植物の使用
その結果、どちらの場合も凍結耐性が下がることが確認されました。これらから、今回新たに発見された凍結馴化には光合成や光を受け取る機能が関係していると考えられます。
以上の結果をまとめると、

  • 植物は秋からの低温馴化に加え、初冬の凍結を経験することで段階的に寒さ対策を行なっていること
  • 凍結の際に光も認識することで、その効果は増大すること
  • その際に光合成や光を受け取る機能が関係していること

が分かりました。

今後の展開

今回の結果から、植物は氷点下で凍結と光を感知することで驚異的に寒さに強くなることがわかりましたが、どのようにして強くなるのかという疑問は残ったままです。今後は、耐性を高める要因の一つである糖の蓄積や細胞壁の関与について検討していこうと考えています。

掲載論文

題 目:Freezing treatment under light conditions leads to a dramatic enhancement of freezing tolerance in cold-acclimated Arabidopsis
著 者:杉田 健史 (岩手大学大学院連合農学研究科)
高橋 俊介 (岩手大学農学部(当時))
上村 松生 (岩手大学名誉教授)
河村 幸男 (岩手大学大学院連合農学研究科・岩手大学農学部)
誌 名:Plant, Cell & Environment
公表日:2024年7月11日(オンライン:4月17日 https://doi.org/10.1111/pce.14917

用語解説

  1. 低温馴化
    秋からの日長や温度低下を感知することで、遺伝子発現や代謝を変化させ、寒さに強くなる現象を指します。
  2. シロイヌナズナ
    モデル生物として幅広く研究に利用されています。遺伝子が解読されている点や世代交代が早い点が特徴です。
  3. 人工気象器
    温度、湿度、光量、明暗の周期を制御できる大型の装置のことを指します。
  4. 過冷却
    物質、この場合、水が凝固点(0℃)を過ぎても固体化せず、液体の状態を保っている現象のことです。
  5. DCMU
    DCMU (3-(3,4-dichlorophenyl)-1,1-dimethylurea)は光合成経路の一部を阻害する薬剤として知られています。

本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られました。
・文部科学省科学研究費補助金・基盤研究(B)「研究課題番号:23H02406」及び岩手大学大学院連合農学研究科IU Student Research Grantの支援を受けて行われました。

本件に関する問い合わせ先

農学部 植物生命科学科
准教授 河村 幸男
019-621-6253
ykawa@iwate-u.ac.jp