養殖淡水魚ハクレンを活用した持続可能なすり身製品の革新と展望

掲載日2024.10.15
最新研究

農学部 食料生産環境学科
教授 袁 春紅
水産食品化学、水産食品加工学

概要

岩手大学農学部食料生産環境学科の王卓琳研究員、塚越英晴助教、袁春紅教授および中国上海海洋大学、大連海洋大学、南昌大学、アメリカケンタッキー大学の研究者からなる研究グループは、25年間にわたる上海海洋大学、北海道大学と岩手大学での研究成果を「Silver carp (Hypophthalmichthys molitrix) utilization: Surimi innovations based on seasonal variation in muscle proteins」としてまとめ、2024年10月9日にTrends in Food Science & Technology(IF₂₀₂₄: 15.1)にてオンライン公開しました。この総説では、淡水魚を用いた中国のすり身製品の文化と歴史を紹介し、すり身の原料(生鮮および冷凍)のゲル形成に関わる分子レベルのメカニズムを解説しています。特に、ハクレンの筋肉タンパク質(ミオシン、アクチン、トロポミオシン、筋小胞体Ca²⁺-ATPase、内因性トランスグルタミナーゼ)の季節変動に着目し、それに基づく最適な加工条件を提案しました。季節ごとの違いに対応する加工方法を探ることで、効率的なすり身製品の製造を目指しています。さらに、現代のすり身製品に関するトレンドとして、低塩製品の開発、3D食品印刷、嚥下障害者向けの食事、機能性添加物の使用、環境に配慮した加工方法などが挙げられています。今後の研究は、環境に優しい養殖方法の開発、伝統的な食文化がない地域での淡水魚すり身製品の普及、正確な栄養提供、最小限の加工、AIを用いた最適化に焦点を当てるべきとされています。これらの進展は、すり身製品の栄養価と健康効果を向上させるだけでなく、原材料の効率的な利用や副産物の活用、環境に優しい加工方法を通じて、持続可能な生産方法に貢献する可能性を秘めています。この研究は、より持続可能で健康志向の食品システムのモデルケースとなることを目指しています。

背景

ハクレン(Hypophthalmichthys molitrix)は、プランクトンを餌とする東アジア原産の淡水魚で、「四大家魚」(ハクレン、ソウギョ、アオウオ、コクレン)の一種として広く知られています。近年、この魚は藻類の抑制や養殖を目的として世界各地で活用されており、特にインド、バングラデシュ、ナイジェリア、エジプトなどの国々では重要な水産資源となっています。ハクレンの養殖は、コスト効率の高さから、低・中所得国における栄養需要の確保と食料安全保障の向上に大きく貢献しています。過去5年間でハクレンの生産量は着実に増加し、年産470万トンを超えています。2020年には中国が380万トンを生産し、全世界の約77.9%を占めるなど、同国が主要な生産国としての役割を果たしています。ハクレンはその豊富な供給量と低コストの特性に加え、白身の魚肉、高タンパク質含有量、優れたゲル化特性を有しており、魚肉練り製品やすり身の原料として理想的です。中国では、ハクレンを用いた魚肉練り製品の文化が長い歴史を持ち、魚のケーキや麺、団子、魚豆腐など、さまざまな製品が作られています。これらの製品は、高タンパクで消化が良い食品として、現代でも広く親しまれています。一方、日本では「すり身」という概念が、1959年にスケトウダラを原料とした冷凍すり身の開発により革新を遂げました。この冷凍すり身の技術は、水産食品産業全体に大きな影響を与え、魚肉の多用途利用を可能にしました。近年、海洋資源の過剰利用や気候変動の影響を背景に、養殖された淡水魚であるハクレンが、すり身の原料として注目を集めています。すり身製品の品質は、主にミオシンやアクチンといった筋肉タンパク質の熱安定性に基づくゲル化特性に依存しています。特にハクレンの筋肉タンパク質は、季節によってその熱安定性が変動し、夏季と冬季で異なる加工条件が求められることが明らかになっています。

ハクレンを例として淡水魚のすり身加工

  • ゲル形成メカニズムと季節に応じた最適加工条件 
    魚の筋肉タンパク質(特にミオシンとアクチン)は、加熱により三次元構造の網状組織を形成します。このプロセスは、すり身製品の品質に大きく影響します。ミオシン分子が架橋し、ゲルの強度や弾性を向上させます。
    1. 夏季:水温が高く、ミオシンやアクチンの熱安定性が高いため、坐温度が35-40°Cで設定することが適しています。
    2. 冬季:水温が低く、ミオシンの熱安定性が低いため、25-30°Cでの坐り温度の設定が必要です。
    3. ATPが残っている新鮮な原材料を使用することで、タンパク質の機能を維持し、最終製品のゲル品質を向上させることができます。
    4. 季節ごとに擂潰時間を調整する必要があります。
  • 現在研究のトレンド
    現在、ハクレンすり身製品は社会の変化に応じ、以下の5つの領域で革新が進んでいます。
    1. 低塩すり身製品: 健康志向から低塩化が進む中、高強度超音波やTGase、CaCl₂などを用いて、低塩でも高品質なゲルを実現する技術が開発されています。
    2. 3D/4Dプリンティング: ハクレンすり身は3Dプリンティングの素材として適しており、レーザー調理などの技術で形状精度とゲル強度を向上させ、様々な消費者層に対応した食品開発が可能です。
    3. 嚥下困難者向け食品: 高たんぱく・低脂肪のハクレンすり身を用いた嚥下困難者向け食品が開発されており、3Dプリンティングや機能性添加物の活用で食感を改善しています。
    4. 機能性添加物: オカラやリンゴペクチンなどの添加物で、すり身のゲル強度や栄養価を高める研究が進行しています。
    5. 環境配慮型加工: 洗浄工程の最適化やオゾン水、マイクロ波処理の導入で、資源消費を削減しながら製品品質を保つ方法が模索されています。また、循環型バイオエコノミーの導入で副産物の有効活用も進んでいます。
  • 今後の展開
    今後のハクレンとすり身製品の展開は、以下の5つの主要分野に集約されます。
    1. 持続可能な養殖技術の導入: エコフレンドリーな養殖手法の採用や多栄養段階養殖(IMTA)システムの活用により、環境負荷を減らし、資源の効率的利用と生態系の調和を図ることが期待されています。
    2. 新たな市場での消費促進:「シルバーフィン」などのリブランディングにより、非伝統的な消費市場での需要を喚起し、すり身加工で骨や臭いなどの消費障壁を減らす取り組みが進められています。
    3. 精密栄養への対応: 個別の栄養ニーズに合わせたすり身製品の開発が、現代のライフスタイルや高齢化社会に適した選択肢となります。
    4. 最小限の加工と健康志向: 最新技術を用いて加工を最小化することで、栄養価を維持しつつ、エネルギー消費や添加物の削減を実現します。
    5. AIの活用による効率化: AIを用いた品質評価や加工の最適化により、製品の一貫性と市場競争力が向上し、持続可能な生産が可能になります。

これらの取り組みは、ハクレンとすり身の市場拡大と、持続可能な水産業の実現に寄与します。

参考図

Table 1. Surimi Products made from freshwater fisha

Fig. 1. Process of surimi production and internal gelation mechanisms.
Fig. 4. Optimal conditions for silver carp surimi production
Fig. 5. Future opportunities for silver carp and silver carp surimi products.

掲載論文

題目:Silver carp (Hypophthalmichthys molitrix) utilization: Surimi innovations based on seasonal variation in muscle proteins
著者:
王卓琳(岩手大学農学部)
田元勇(中国・大連海洋大学)
塚越英晴(岩手大学農学部・三陸水産研究センター)
施文正(中国・上海海洋大学)
涂宗財(中国・南昌大学)
Xiong Youling University of Kentucky, USA
袁春紅(岩手大学農学部・岩手大学次世代アグリイノベーション研究センター・三陸水産研究センター)
雑誌名:Trends in Food Science & Technology
公表日:2024年10月9日

用語解説

  • ハクレン(Hypophthalmichthys molitrix)
    プランクトンを餌とする東アジア原産の淡水魚。高タンパク質の白身魚肉を持ち、すり身製品の原料として理想的である。近年、養殖による東南アジアまたアフリカ諸国でも生産が増加している。
  • すり身とすりみ製品
    すり身は魚肉をすりつぶして製造される練り製品の中間素材である。ハクレンなどの淡水魚を原料とし、様々な加工方法で生産される。冷凍すり身の技術が普及しており、長期保管、長距離輸送、多様化すりみ製品の製造に利用されている。
  • 坐り
    坐りは、魚肉の主要構成タンパク質である筋原繊維タンパク質のミオシン重鎖が分子間架橋 を作り多量体となり、水を抱合しながら立体的な網状構造を形成する(ゲル化)過程であると考えられている。これにより、すりみ製品の食感や品質が決まる。坐りの程度は魚種によって異なり、坐りやすい魚種と坐りにくい魚種がある。また坐り温度は筋肉タンパク質が加熱される際の安定性と関連します。ハクレンの筋肉タンパク質は季節によって坐り温度が変わり、加工条件が異なる。
  • 低塩すり身製品
    健康志向の高まりを受けて開発されている、塩分を抑えたすり身製品。高強度超音波や酵素などを用いて、低塩でも高品質なゲルを実現する技術が進展している。
  • 3D/4Dプリンティング
    食品を3次元または4次元で印刷する技術。形状精度やゲル強度を向上させることで新たな食品開発が可能となる。
本件に関する問い合わせ先

農学部 食料生産環境学科
教授 袁 春紅
chyuan@iwate-u.ac.jp
019-621-6128