「震災遺構」は津波で置き去りにされた使い道のなくなったただのモノか? 被災当事者の視点をもとに、10年以上にわたる生活史調査から分析、考察した「震災遺構」に関する初の専門書が、第51回 藤田賞奨励賞を受賞

掲載日2026.01.06
最新研究

地域防災研究センター 准教授
坂口奈央
災害社会学 災害文化 生活史調査

概要

震災遺構に対する「恥の場だから解体すべき」とか「船がかわいそう」といった語りを耳にしたことがあるだろうか。また「保存するにしても、解体するにしても、覚悟が必要」とまで語らしめる震災遺構とは、被災当事者にとってどのような存在だったのだろうか。
一般的に震災遺構というと、「負のシンボル」として象徴的に位置づけられてきた。確かに震災遺構を被災や復興のシンボルとすることで、二度と悲劇を繰り返さないための価値があると整理され、わかりやすく、多くの人に伝わりやすい。しかし復興への道のりは、必ずしも希望に満ちていたり、連帯や共同性といった美辞麗句で回収されたりするものではない。震災という形容しがたい経験や復興プロセスの中で突きつけられてきた複雑な現実を、シンプルな物語に単純化させてしまう。
東日本大震災以降、10年以上にわたる参与観察と生活史調査を岩手県大槌町、大船渡市、宮城県気仙沼市を中心に行う中で、海とともに生きてきた人びとの揺れ動くまなざしを動態的に捉え、被災当事者にとっての震災遺構とは誰のため、何のために保存/解体に至ったのか、災害社会学の観点から分析、考察を行った。

成果

取り上げた事例はいずれも、一時期全国から注目されたインパクトのある光景および出来事である。その一つは、陸に打ち上げられた巨大な船のあり方を巡るもので、岩手県大槌町赤浜地区では婦人会の女性たちが「私たちの働く場を奪わないで」と主張を固辞し、一時地域を二分する議論に発展した。宮城県気仙沼市鹿折地区では、船を見にきた来訪者の姿を目にするたび、「船がかわいそう」と語る男性たちの姿があった。また、町長含む役場職員28名が犠牲になった岩手県大槌町の旧役場庁舎をめぐり、「恥の場だから解体すべき」と語る震災時60代以上の男性たちもいた。
 こうした葛藤や苦悩をにじませた語りは、次第に地域に主体的に生きようとする語りへ変化していく。住宅再建が本格化する発災から7年ほどが経過した頃、三陸では「おらほの遺構」と積極的に語る人たちが表れた。その対象物は、時間の経過とともに津波の痕跡を回復させていく、樹木や島などの自然物である。
三陸の人々にとって震災遺構とは、津波に飲み込まれながらも偶然残ったただの無機質な見世物などではない。震災遺構を見るたびに揺らぎ、葛藤しながら、寄り道をしながら人々が生きる意味のかけらを集めていく復興への道のりが、語りによく表れている。彼らにとって、これからも三陸で生き続けていく覚悟という名の現実を新たに生み出していく震災遺構とは、人生を投影する鏡のような存在だった。
これまでの震災遺構をめぐる議論は、保存か解体か、活用できるか否かといったモノとしての価値に固執し、二元論で物事を性急に判断することに偏っていた。震災遺構に対する視点を問い直し、災害が複雑化する今、震災復興とは、そして震災遺構とは、誰のため、何のためにあるのか、その原点を問い直す復興検証としての一冊でもある。

受賞

第51回 藤田賞 奨励賞受賞(『都市問題』(公財)後藤・安田記念東京都市研究所)

◇メディア掲載
朝日新聞 好書好日 「「生き続ける震災遺構 三陸の人びとの生活史より」岩手大准教授が出版 問われる「住民との関係」」2025年4月18日
https://www.asahi.com/articles/DA3S16190749.html
図書新聞 書評「再生と回復を記述する―東日本大震災を生き抜いた人びとの生」2025年9月6日 
週間読書人 書評「生活者は遺されたモノに何をみるか」2025年6月20日   など
〇出版   2025年2月25日
〇書店発売 2025年3月11日
〇定価 3,960円(税込)