膜タンパク質の生合成に必須の糖脂質MPIaseの新たな機能を発見 ~ドラッグ・デリバリー・システムへの応用に期待~

掲載日2026.05.07
最新研究

農学部生命科学科分子生命医科学コース
沢里克宏、西山賢一
分子生物学

岩手大学農学部・西山賢一 教授、沢里克宏 助教、(公益財団法人)サントリー生命科学財団・島本啓子 主幹研究員、名古屋大学大学院医学系研究科・藤本豊士 教授(現・順天堂大学 老人性疾患病態・治療研究センター )らの研究グループは、これまで膜タンパク質の生体膜への挿入に関与することが知られていた糖脂質MPIaseが人工膜小胞であるリポソームの安定性を大幅に上昇させることを見出しました。現在、ドラッグ・デリバリー・システム(DDS)のキャリア分子の安定化剤として広く利用されているポリエチレングリコール (PEG) 修飾脂質に代替することにより、生体内での毒性を低減した次世代のDDSの開発への応用が期待されます。
この研究成果は2026年4月27日に科学雑誌ACS Omega誌にオンライン版で公開されました(https://doi.org/10.1021/acsomega.6c01244)。

研究成果のポイント

  • これまで膜タンパク質の生体膜への挿入反応を触媒する糖脂質として知られていたMPIaseが人工膜小胞 (リポソーム) の安定性にも寄与することを明らかにした
  • MPIaseは、現在リポソームの安定化剤として広く利用されているポリエチレングリコール (PEG) 修飾脂質と同程度の安定化効果を発揮した。
  • MPIaseの生合成遺伝子はヒトを含む真核生物にも保存されていることから、MPIase様物質の同定により、ヒトへの毒性や免疫応答を低減したドラック・デリバリー・システム (DDS) のキャリヤとしての応用が期待される。

研究の背景

DDSとは、体内における薬物の動態を制御することで、標的部位への選択的輸送や血中滞留時間の調整を可能にする技術です。DDSの活用により、薬剤の投与量を最小限に抑えつつ薬効を高め、副作用の低減が期待されます。DDSにおいては、膜脂質を主成分とする人工膜小胞リポソームや脂質ナノ粒子(LNP4)が薬物キャリアとして利用されており、現在では20種類以上の医薬品やmRNAワクチンなどに応用されています。これらのキャリアには、PEGで修飾した脂質(PEG修飾脂質)が導入されており、血中安定性の向上や免疫系からの回避による滞留性の向上に寄与しています。一方で、近年、PEGに対するアレルギー反応や、反復投与による抗PEG抗体の産生が報告されています。これにより、発熱や倦怠感などの副反応との関連や、薬剤の血中からの排出促進による薬効低下の可能性が指摘され、社会問題化しています。このような背景から、PEG修飾脂質に代わる新たなリポソームおよびLNPの安定化剤の開発が求められていました。

研究の内容

本研究グループはこれまで、膜タンパク質の膜挿入反応および分泌タンパク質の膜透過反応を再現するため、関連するタンパク質および脂質因子をリポソームに再構成する実験系を構築してきました。その過程で、Membrane Protein Integrase(MPIase)と名付けられた糖脂質がこれらの反応に関与することを明らかにしています。一方、従来のリポソームは、生体由来の膜小胞と比較して化学的耐性や物理的強度が低いことが知られていました。例えば、高濃度のマグネシウムイオンやカルシウムイオンなどの二価カチオンを含む溶液中では、生体膜小胞は安定に存在できるのに対し、リポソームは凝集しやすいことが知られていました(図1)。本研究では、この違いに着目し、生体膜の耐性に寄与する因子の同定を試みました。その結果、この因子がMPIaseであることを見出しました。さらに、MPIaseを組み込んだリポソームは、PEG修飾脂質を含むリポソームと同程度の耐性を示すことが明らかとなりました。

今後の展開

本研究グループにおけるこれまでの研究から、MPIase生合成の最初の遺伝子はパン酵母、ヒト、シロイヌナズナなどの真核生物にも保存されていることが明らかとなっています。このことは、真核生物にもMPIase様物質が存在する可能性を示しています。今後、これらのMPIase様物質を同定・応用することにより、PEG修飾脂質に代わる新たなDDSキャリア物質の開発が可能となります。これにより、アレルギー誘発を抑制しつつ、免疫系による排除を受けにくい、安全性の高いDDSシステムの実現につながることが期待されます。

図1 糖脂質MPIaseによる膜小胞の凝集抑制。人工的なリポソーム懸濁液に高濃度のマグネシウムイオンを加えると即座に凝集するのに対し、大腸菌から調製した生体膜由来の膜小胞では凝集が抑えられる(左図)。これは大腸菌が生産する糖脂質MPIase(右)の作用によることが判明した。

【用語解説】
1. 触媒:ある化学反応の速度を速め、反応の前後で自身は変化しない物質のこと。
2. リポソーム:脂質二重層から形成される人工膜小胞
3. DDS:薬物の体内動態を制御し、必要な場所に適切な量・タイミングで届ける技術
4. LNP:脂質からなるナノサイズの薬物キャリア

【掲載論文】
題目:Glycolipid MPIase, essential for membrane protein integration in the cytoplasmic membrane of Escherichia coli, protects membranes from aggregation induced by chemicals
著者:Katsuhiro Sawasato, Shu Furuya, Shoko Mori, Tsukiho Osawa, Kohki Fujikawa, Kaoru Nomura, Toyoshi Fujimoto, Keiko Shimamoto, Ken-ichi Nishiyama
誌名:ACS Omega
公表日:2026年4月27日
URL:http://doi.org/10.1021/acsomega.6c01244

本件に関する問い合わせ先
農学部生命科学科分子生命医科学コース  西山賢一
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nishiyam@iwate-u.ac.jp