肺魚のラメラ嗅上皮と陥凹部上皮の機能分化の過程を解明

掲載日2026.08.18
最新研究

獣医学部
中牟田信明
獣医解剖学

岩手大学獣医学部の中牟田信明准教授らは、東京科学大学の二階堂雅人教授らとの共同研究により、肺魚嗅覚器におけるV2R(2型鋤鼻受容体)遺伝子の発現を解析し、二つの嗅覚器が成長に伴って機能分化する過程を明らかにしました。多くの四足動物は、嗅上皮と鋤鼻器という2つの嗅覚器をもっています。一方、四足動物に最も近縁な魚類である肺魚には、ひだ状の嗅上皮(ラメラ嗅上皮)と、鋤鼻器の起源と考えられる陥凹部上皮が存在します。嗅覚受容体の一種であるV2Rは、四足動物では主に鋤鼻器で働きますが、肺魚では、V2Rはラメラ嗅上皮に特異的に発現するもの、陥凹部上皮に特異的に発現するもの、両組織に共通して発現するものに分類されます。
本研究では、体のサイズが異なる肺魚間でV2Rの発現を比較しました。その結果、体の小さな個体で両方の組織に発現しているV2Rの一部は、大きな個体では陥凹部上皮にしか発現していないことが明らかになりました。これらの結果から、幼若個体では二つの嗅覚器の機能分化は十分ではなく、成長に伴ってより明瞭になることが示されました。これらの知見は、脊椎動物における二重嗅覚系の成立過程を理解する上で重要な手がかりになると期待されます。


研究成果のポイント

  • in situハイブリダイゼーションによって2型鋤鼻受容体遺伝子の発現を解析し、肺魚の嗅覚器組織における発現部位を可視化した。
  • 体の小さな個体でラメラ嗅上皮と陥凹部上皮の両方に発現している遺伝子の一部が、大きな個体では陥凹部上皮にしか発現していないことを明らかにした。
  • ラメラ嗅上皮と陥凹部上皮の機能分化は幼若個体では十分ではなく、成長に伴ってより明瞭になる可能性が示された。

背景

多くの四足動物は、嗅上皮と鋤鼻器という2つの異なる嗅覚器を有しています(図1)。魚類では通常嗅上皮しか存在しませんが、魚類の中で四足動物に最も近縁とされる肺魚では(図2)、ひだ状の嗅上皮(ラメラ嗅上皮)と、原始的な鋤鼻器と考えられる陥凹部上皮が認められます。肺魚の2型鋤鼻受容体(vomeronasal receptor type 2:V2R)遺伝子は、ラメラ嗅上皮にしか発現しないもの、陥凹部上皮にしか発現しないもの、そしてラメラ嗅上皮と陥凹部上皮の両方に発現するものの3つのタイプに分類されます。

【図1】鋤鼻器の有(〇)無(×)を表す脊椎動物の系統樹:一般に鋤鼻器(VNO)は両生類で生じ(*1)、一部の爬虫類と一部の哺乳類で失われた(*2)と考えられている。
【図2】脊椎動物の系統樹:肺魚は魚類の中で四足動物に最も近縁とされている。

研究内容

本研究では、個体の成長に伴う発現変化を調べるため、肺魚Protopterus annectensにおけるV2Rの発現様式を様々なサイズの個体間で比較しました。その結果、小さな個体でラメラ嗅上皮にしか発現が認められないV2Rは、大きな個体においてもラメラ嗅上皮にしか発現しておらず、小さな個体で陥凹部上皮にしか発現が認められないV2Rも、大きな個体において陥凹部上皮特異的な発現を維持していました。一方、小さな個体でラメラ嗅上皮と陥凹部上皮の両方に発現しているV2Rのうち、一部は大きな個体においても両組織での発現を維持していましたが、残りは大きな個体では陥凹部上皮のみに発現していました。中間サイズの個体では、小さな個体と大きな個体の中間的な発現様式が認められました(図3)。

【図3】サイズの異なる肺魚間に認められたV2R発現の違い:小さな個体(Small)でラメラ嗅上皮(Lamellar OE)と陥凹部上皮(RecE)の両方に発現するV2R遺伝子(緑色)のうち、一部は大きな個体(Large)でも両組織に発現していたが、残りは大きな個体では陥凹部上皮のみに発現(黄色)していた。中間サイズの個体(Middle)では、小さな個体と大きな個体の中間的な発現が観察された。

研究成果

これらの結果から、幼若な時期にはラメラ嗅上皮と陥凹部上皮の両方に発現しているV2R遺伝子の一部が、成長に伴ってラメラ嗅上皮での発現を失い、陥凹部上皮特異的な発現へと変化することが示唆されました。また、ラメラ嗅上皮と陥凹部上皮の機能的な分化は幼若個体では完全ではなく、成長に伴ってより明瞭になる可能性が示されました。これらの知見は、脊椎動物における二重嗅覚系の成立過程を理解する上で重要な手がかりになると期待されます。すなわち、肺魚と四足動物の共通祖先では嗅上皮と鋤鼻器の機能分化が十分ではなく、その後の進化の過程で四足動物では両者の機能が明確に分化した可能性を示唆しています。

【掲載論文】
題目:Shifts in type 2 vomeronasal receptor expression during postnatal development in the lungfish olfactory organ(肺魚嗅覚器の生後発達過程における2型鋤鼻受容体発現の変化)
著者:Shoko Nakamuta (中牟田祥子・岩手大学獣医学部 特任研究員), Zicong Zhang (張 子聡・京都大学高等研究院ヒト生物学高等研究拠点), Masato Nikaido (二階堂雅人・東京科学大学生命理工学院), Takuya Yokoyama (横山拓矢・岩手大学獣医学部), Yoshio Yamamoto (山本欣郎・岩手大学学長), Nobuaki Nakamuta (中牟田信明・岩手大学獣医学部・責任著者)
誌名:Journal of Anatomy
公表日:2026年3月8日
リンク:https://doi.org/10.1111/joa.70129

用語解説

  • ラメラ嗅上皮:
    一般に魚類では嗅上皮が嗅板(ラメラ)と呼ばれる板状のヒダをつくる。肺魚の嗅覚器には陥凹部上皮が存在するため、他の魚にも見られる嗅上皮をラメラ嗅上皮と呼んで区別した。
  • 陥凹部上皮:
    肺魚の嗅覚器では感覚上皮と腺上皮がラメラの基部に小さなくぼみ(陥凹部)をつくる。陥凹部上皮は陥凹部に位置する感覚上皮で、構成する感覚細胞や嗅覚受容体の種類がラメラ嗅上皮と異なる。
  • In situハイブリダイゼーション:
    核酸どうしの相補的な結合(核酸・核酸ハイブリダイゼーション)を利用し、スライドグラス上の組織切片で特定の核酸がどこに存在するかを決定する方法。本研究では標的遺伝子ごとに相補的なRNA鎖(プローブ)を合成し、嗅覚器切片中のmRNAを検出した。

本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られました。
・文部科学省科学研究費補助金・基盤研究(C)「ハイギョの原始的鋤鼻器における2型鋤鼻受容体および発生関連遺伝子の発現解析」研究代表者:中牟田 祥子

本件に関する問い合わせ先
獣医学部共同獣医学科  准教授 中牟田 信明
019-621-6204
nakamuta@iwate-u.ac.jp