牛伝染性リンパ腫ウイルスの拡大を防ぐ高リスク牛の選択的スクリーニング手法を解明-抗体検出ELISAと定量PCRを組み合わせた効率的な清浄化戦略の提案-

掲載日2026.10.26
最新研究

獣医学部・獣医学研究科
村上 賢二(責任著者)、新井偉典(筆頭著者)、上原さき(筆頭著者)
ウイルス学、動物感染症学

岩手大学獣医学部・獣医学研究科の村上賢二教授、新井偉典大学院生らの研究グループは、牛伝染性リンパ腫ウイルスの感染伝播リスクが高い「高プロウイルス量保有牛」を簡便かつ低コストに識別するため、2種類の市販抗体ELISAキットの診断性能を比較評価しました。本成果により、高額な定量PCR(qPCR)検査を全頭に行うことなく、抗体ELISA検査による一次絞り込みと確定qPCR検査を組み合わせた「2段階スクリーニング戦略」が可能となり、大規模農場における牛白血病清浄化の低コスト化と効率化が見込まれます。


背景

牛伝染性リンパ腫は日本の畜産現場における重大な課題であり、特に原因ウイルスである牛伝染性リンパ腫ウイルス (BLV) の感染ウイルス遺伝子量(PVL)が高い「高PVL保有牛」が他牛への感染拡大の主な原因となります。BLVの感染伝播を抑制するためには、感染率が高い農場では全頭淘汰が不可能なため、高PVL牛を選択的に隔離・淘汰する対策が有効ですが、確実なPVL測定に必要な定量PCR(qPCR)検査はコストが高く、多頭数の農場で実施するには限界がありました。そのため、処理能力が高く比較的低コストの抗体検出ELISAを活用し、間接的に高PVL牛をスクリーニングする手法の確立が求められていました。

研究内容

東北および北海道の17農場から集めた牛155頭の血液・血清サンプルを使用し、現在利用可能な2種類の市販抗体ELISAキット(「EBL ELISA[ニッポンジーン]」および「Leukosis Serum X2[Idexx]」)の高PVL牛識別性能を比較・評価しました。qPCR検査により測定したPVL値(≥400 copies/10 ng DNAを高PVLと定義)を判定基準とし、両キット間の一致性(κ値)、相関(r値)、およびROC解析を用いた感度・特異度を算出・検証しました。

研究成果

両ELISAキットは高い診断一致性(κ=0.97)および相関(r=0.617)を示しました。ROC解析の結果、Leukosis Serum X2キット(AUC 0.840、感度89.7%、特異度66.4%)は、EBL ELISAキット(AUC 0.785、感度84.6%、特異度56.9%)よりも高PVL牛の識別能力において優れていることが明らかになりました。この性能差は、Leukosis Serum X2がエンベロープタンパク質(gp51)だけでなくカプシドタンパク質(p24)を含む培養上清を抗原に使用しているため、ウイルス量との相関が高い抗体を効果的に検出できたことに起因すると考察されます。

今後の展開

本研究で用いた抗体検出ELISAは抗体量を調べるものでありPVLを直接測定するものではないため、qPCRを完全代替することはできませんが、まずELISA検査で高PVLが疑われる個体を抽出し、続いてqPCR検査で確定診断を行う「2段階スクリーニング(2-step screening)」を行うことで、検査コストと労力を大幅に抑えつつ高リスク牛の優先的な分離・淘汰を進めることができます。本手法を多くの農場で実証・導入することにより、牛伝染性リンパ腫清浄化対策を加速させることが期待されます。

掲載論文

題目:Comparison of 2 commercial antibody ELISA kits for identification of high proviral load carrier cattle in strategic control of bovine leukemia virus infection
著者:Arai, T., Uehara, S., Kondo, S., Yamamoto, T., Kanazawa, T., Yamamoto-Kinami, A., Matsuda, K., Matsuzaki, T., Yamada, S., Hikono, H., Murakami, K.
誌名:Journal of Veterinary Diagnostic Investigation
公表日:2026年 (DOI: 10.1177/1040638726146243)

用語解説
  • 牛伝染性リンパ腫ウイルス (=牛白血病ウイルス: BLV: Bovine Leukemia Virus)
    レトロウイルス科に属するウイルスで、牛に牛伝染性リンパ腫(EBL)や持続性リンパ球増多症を引き起こす。感染牛の多くは無症状(不顕性感染)だが、数%がEBLを発症する。
  • プロウイルス量(PVL: Proviral Load)
    宿主ゲノムDNAに組み込まれたウイルスの遺伝子量。本研究では10 ng DNA中に400コピー以上ある牛を「高PVL保有牛」と定義し、他牛への感染源リスクが高い重要管理対象牛とされる。
  • qPCR(定量リアルタイムPCR)検査
    目的とする遺伝子(本研究ではBLVのプロウイルスDNA)のコピー数を正確に測定・定量する検査法。高精度で確定診断に適しているが、費用が高く大規模清浄化での全頭実施にはコスト的課題がある。
  • ELISA検査(酵素結合免疫吸着測定法)
    血液や血清中の病原体に対する抗体を検出する生化学的検査法。大量の検体を比較的安価で、かつ迅速に処理できるため、集団の一次スクリーニングに適している。
  • ROC解析(Receiver Operating Characteristic curve analysis)
    診断検査の有効性を評価する統計手法。感度(感染牛を正しく陽性と判定する割合)と特異度(非感染牛を正しく陰性と判定する割合)のバランスを評価し、カットオフ値の設定や検査法の精度比較(AUC:曲線下面積)に用いられる。

本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られました。
・日本中央競馬会(JRA)畜産振興事業「2022-23」研究代表者:村上賢二
・文部科学省科学研究費補助金・基盤研究(C)「25K09433」研究代表者:村上賢二

本件に関する問い合わせ先
獣医学部共同獣医学科  村上賢二
muraken@iwate-u.ac.jp