ホルモンによる下垂体の変化にラットの系統差を発見-遺伝子の働きから、その仕組みを探る

掲載日2026.10.29
最新研究

獣医学部
佐藤 洋(責任著者)
毒性病理

獣医学部・大学院獣医学研究科の井上聡さん、佐藤洋教授らの研究グループは、女性ホルモンの一種であるエストロゲンをラットに投与した際、脳の下にある「下垂体」という器官の変化が、ラットの系統によって大きく異なることを明らかにしました。
研究では、エストロゲンを投与すると下垂体が大きくなる系統(Fischer 344ラット)と、変化が起こりにくい系統(Brown Norwayラット)を比較しました。その結果、Fischer 344ラットでは下垂体が大きくなり、組織にも明らかな変化が認められた一方、Brown Norwayラットでは変化がごくわずかでした。さらに、遺伝子の働きを網羅的に調べることで、両系統の反応の違いに関係する可能性のある27個の遺伝子を見いだしました。
本研究は、同じホルモンの刺激を受けても、生まれ持った遺伝的な違いによって臓器の反応が異なる仕組みを理解するための重要な成果です。今後、ホルモンによる細胞の増殖や腫瘍の発生に関わる仕組みの解明、さらには動物や人の病気を理解するための基礎研究への貢献が期待されます。

背景

ホルモンは、成長や生殖など、体のさまざまな働きを調節する重要な物質です。一方、ホルモンの作用によって細胞が増え、臓器の大きさや組織の状態が変化することもあります。同じホルモンを受けても、その反応は動物の種類や系統によって異なる場合があります。しかし、こうした違いがどのような仕組みで生じるのか、特に遺伝子の働きがどのように関係しているのかについては、十分に分かっていませんでした。

研究内容

研究グループは、エストロゲンに対する反応が異なる2系統の雄ラットを用いて、ホルモン投与後の下垂体の大きさや組織の変化を比較しました。さらに、RNAシーケンスという方法で、多数の遺伝子の働きを網羅的に調べました。これにより、ホルモンへの反応が異なる系統間で、どのような遺伝子の働きに違いがあるのかを解析しました。

研究成果

エストロゲンを9週間にわたって投与したところ、Fischer 344ラットでは下垂体が明らかに大きくなり、細胞の増殖などを伴う組織の変化が認められました。一方、Brown Norwayラットでは下垂体の重量がわずかに増加したものの、組織に明らかな変化は認められませんでした。また、遺伝子解析により、Brown Norwayラットで特徴的な変化を示し、Fischer 344ラットでは同様の変化が認められなかった27個の遺伝子を特定しました。さらに、一部の遺伝子については、関連するタンパク質の組織内での変化も確認しました。
これらの結果から、下垂体がホルモンに反応しにくい性質には、遺伝子の働き方の違いが関係している可能性が示されました。

今後の展開

今回見いだした遺伝子や、それらが作り出すタンパク質が、実際に下垂体の細胞の増殖を抑える働きを持つのか、また、どのような仕組みでホルモンへの反応を変えるのかについて、今後さらに検証する必要があります。
将来的には、これらの遺伝子やタンパク質の働きを詳しく調べることで、ラットだけでなく、ほかの動物や人においても、ホルモンの作用によって引き起こされる病気や腫瘍の発生を抑える仕組みの解明につながる可能性があります。さらに、種を超えて共通する、ホルモン依存性の疾患や腫瘍の発生・増殖を抑制する遺伝子やタンパク質が見つかれば、新たな予防法や治療法の開発に向けた研究の進展も期待されます。
本研究は、動物の系統によるホルモンへの反応の違いを手がかりに、病気の発生や進行を左右する生体の仕組みを解き明かすための重要な基礎となるものです。

【掲載論文】
題目:Strain Differences in Estrogen-Induced Pituitary Proliferative Response and Gene Expression Patterns Between Fischer 344 and Brown Norway Rats
著者:Satoshi Inoue, Hirofumi Hatakeyama, Miki Masatsugu, Riko Ito, Koji Ono, Toko Maehara, Hiroshi Satoh
誌名:Journal of Toxicologic Pathology
公表日:2026年7月28日(オンライン先行公開)

用語解説

  • 下垂体(かすいたい)
    脳の下にある小さな器官で、成長や生殖などに関わるさまざまなホルモンを分泌し、体の働きを調節しています。
  • エストロゲン
    女性ホルモンの一種。生殖機能などに関わり、細胞の増殖や臓器の働きにも影響を与えます。
  • 遺伝子発現
    遺伝子の情報が読み取られ、細胞の働きに必要なRNAやタンパク質が作られることです。どの遺伝子がどの程度働くかによって、細胞の性質や反応が変わります。
  • RNAシーケンス
    細胞や組織で働いている多数の遺伝子を一度に調べ、遺伝子の働き方の違いを解析する方法です。
  • 系統差
    同じ種類の動物でも、遺伝的な背景の違いによって、体の特徴や薬物・ホルモンに対する反応などが異なることです。

本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られました。
・文部科学省科学研究費補助金・基盤研究(C)「JP22K06021」研究代表者:佐藤 洋

本件に関する問い合わせ先
獣医学部 獣医学科  佐藤 洋
019-621-6213
satohsss@iwate-u.ac.jp